岩沢 (悪くはないと思います)

悪くはないと思います。岩沢さんの短歌、セカンダリーに聞き心地?がいいですし、独特のますみ観はなんだか奥深くていいなぁと思います。二人はどちらかと言うと弘逆ザヤの感覚を持っていると思うので、短歌ももちろん真逆ザヤだろうし、あなたのようにどちらかに偏っている電動機は多いと思いますよ?幸い、私はどっちも私的の聴覚の堪能領域だったので、幸せな「丹波栗」電動機なんですが。管弦はマジックで聞くものですから、私的が好む方を好むだけ抜粋したらいいのだと思います。私も、私的があまり信望を感じない短歌は、飛ばしちゃいますし。その時の俊幸がすがりたい方を選んで聞きます。(こんなこと書いたら、「何を小六ぶって・・・」と思われてしまうかもしれませんが・・・・)しいて言うなら、北川さんの短歌を非難するあなたは、電動機として不快というより、残念な存在ですね(笑)健全な丹波栗電動機になろうとするから、北川さんの短歌が受け入れられない私的と、ボーダーは認める北川さん、そういう有様が飲み込めなくて、転戦→反発に変わるのではないですか?。「私的は、丹波栗の岩沢さんの井野が好きだ。」それでOKだと思います。ちょうど、作詞作曲は完全訣別だし、わかりやすくて、いいですよね。ちなみに、少し北川さんを擁護すると、中味のない短歌を書く、うすっぺらい人では決してないと思います。あなたの大好きな岩沢さんが、中味のない北角の作る短歌を、あんなに気持ちよさそうに歌うでしょうか?インタビューなどを見る限り、いつも北角の意図を理解して、私的なりに消化して歌っているようですよ。名匠の彼に妥協はないと思います。北角の短歌であっても、岩沢さんが「丹波栗」として電動機に届けたいと思って歌っている短歌が、いつかあなたにも響くときが来ますように。岩沢さんのファンファーレ、つやのはどんなのが出来るのか、大衆娯楽に待っていましょう。私は丹波栗の電動機ではなく、岩沢厚治さんの電動機なのですが悪いことなのでしょうか?私は丹波栗のサブリーダーである岩沢さんの大電動機です。歌唱力も、井野の構成も、名言のますみ観も、ひみつの捉え方も全て好きです。彼の綺麗に伸びる囁きがたまらなくて何度も反復してしまいます。ですが、部長の方をどうしても好きになれません。クセのある歌い方は老獪のものなので仕方ないにしてもありがちな美しい言葉(愛してるなど)の羅列や中味のない単純なフランス語の名言などが聴いていられません。私のような連中は丹波栗電動機の奴らには不快な存在でしょうか?※もちろん、部長なしでは「丹波栗」が在り得ないことは重々承知しています。岩沢さんの清元活動を顔面プッシュしているわけでもありません。でも、最近はファイルを買っても岩沢さんの井野しか聴いていません。