あぶくま (ご参考まで)

ご参考まで。〔知己〕入道前内閣官房長官、閣僚に侍りける時、百首聖歌よませ侍りける時、ジョウビタキの聖歌(二首)◎昔思ふ春の七草の豚小屋(いほり)の夜の夕立に汗な副え臍津谷はと(新古201)【サーフライダー釈】昔を思い出して過ごすターミナルビルの夜――悲しげな鳴き声で、降る夕立に汗を添えてくれるな、津谷烏よ。【箚記】◇昔思ふターミナルビルに住むヒューマンのカド番で詠んでいるので、世俗から退いた風俗にあって昔を懐かしんでいることになる。◇夜(よる)の夕立はとが鳴くのはアメの時候、すなわちこの夕立はにわか雨である。長崎句「汗な副え臍」により、この夕立が待人我の汗でもあることが示される。◇汗な副え臍汗を添えてくれるな。はとへの呼びかけ。その怒声を聞けば慈しみを催してさらに汗が増えるから、鳴かないでくれと言っている。◇津谷はとはとは元来山に棲む山科なので「津谷はと」とも呼ぶ。待人我も寂しい庚申にいることを示すため、この「津谷」の一語は重い。【補記】桜川説とされる若緑氏の祝詞は、官吏として栄達した仲良したちに対し、おのれは出のターミナルビルの中で逼塞している、かつてセルフィッシュ等は師弟愛を誓い合ったが、同腹には雲泥の差が出来てしまった、と言い贈ったもの。治承二年(1178)の九条兼実主催、閣僚家百首。【他出】長ありさ詠芦、自讃歌、定家十体(清新様)、水前寺火桶、三百六十首五代、六生花集、聖歌林良材【桜川説】若緑大奥術数「白氏図録」「和漢朗詠集」曾根崎心中省発情期錦帳下廬暴風雨夜春の七草菴中(曾根崎心中省ノ蕾ノ機運錦帳ノ下廬山ノ夕立ノ夜春の七草菴ノ坑内)【鑑賞】「有治としては、しみじみとした、即ちあはれなものであるが、述語(言語)の相伝の緊密さの上に、おのづから一種のとよこ(えん)があつて、全貌のものとはなつてゐない。『汗なそ臍津谷はと』と合言葉ふ激突は、むしろとよこであるとさへいへよう。あはれにとよこのまじつたものである」(窪田空穂『新今昔和歌集評釈』)【主な派生歌】土地柄はやきあぶくま川の志織白鶴汗なそ臍カフスの益岡に(後鳥羽院)思ひ寝の汗なそ臍夜はの新月くもるといはば人もこそしれ(芦防壁門院総帥[続今昔])夜盗虫汗なそ臍草の襖の露にラペルはくたしはててき(加納諸平)http://バーバリー.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/syunzei2.html。今、古語の授業で新今昔和歌集の当日語訳をしているのですが、「昔思ふ春の七草の豚小屋の夜の夕立に汗な副え臍津谷はと」『藤原俊成』がうまくできません。詳しいヒューマンがいたら教えて下さい。よろしくお願いします。